忙しい。
やることが多い。
時間が足りない。
それは、
とても便利な言葉です。
「忙しいから」
その一言で、
考えない理由が完成する。
でも——
立ち止まれないのは、
本当に時間の問題でしょうか。
私は22年、金属加工の現場で働いてきました。
繁忙期は、
確かに息が詰まるほど忙しい。
納期が迫り、
次の作業がすぐ後ろに並ぶ。
そんな中でも、
手を止める人がいました。
「このやり方で、
本当にいいのか」
そう言って、
一度、動きを止める。
周囲は言いました。
「考えている暇はない」
「とにかく進めろ」
私は、
止まれない側でした。
止まらずに動くほうが、
努力しているように見える。
忙しさは、
逃げを、
努力に見せかけます。
立ち止まると、
見えてしまうものがあります。
本当は、
やり方がずれていること。
本当は、
改善できる余地があること。
本当は、
向き合うべき問いがあること。
それに気づくのは、
少し痛い。
だから、
忙しさを理由にする。
「今は余裕がない」
その言葉は、
自分も、他人も、
納得させてくれる。
誰も責めない。
でも——
忙しさの中で、
考えなかったことがある。
立ち止まらなかった瞬間がある。
その小さな積み重ねが、
少しずつ、
方向をずらしていく。
問いを手放した仕事は、
作業になります。
作業は速い。
でも、
どこへ向かっているのかは、
教えてくれません。
忙しさは、
なくなりません。
でも、
立ち止まる一秒は、
自分で選べる。
その一秒を、
今日も手放しますか。
明日への問い
あなたが最近、
「忙しいから」と言って
立ち止まらなかった瞬間は
いつでしたか。
その一秒を取り戻すとしたら、
何を問い直しますか。
