見積もりを出す。
金額を決める。
その数字に、
自分の名前を載せる。
安くすれば、
通りやすくなる。
高くすれば、
嫌われるかもしれない。
その間で、
数字を探す。
でも——
見積もりは、
本当に「数字」なのでしょうか。
私は22年、金属加工の現場で働いてきました。
見積もりを作るたびに、
最後に残る揺れがあります。
材料費も、
加工時間も、
計算はできる。
けれど——
「この金額で、
自分は責任を持てるか」
「この金額で、
夜、眠れるか」
そこは、
計算できません。
安くしすぎれば、
どこかで無理が出る。
高くしすぎれば、
その価格に見合う仕事を、
本当に自分が出せるのかと揺れる。
見積書には、
書かれないものがあります。
不安。
焦り。
譲歩。
でも、
それらも数字の中に含まれている。
本当は、
この価格ではやりたくない。
でも、
通したいから、
その数字を書く。
その瞬間、
基準は静かに下がります。
見積もりは、
数字ではありません。
未来の自分に対する、
約束です。
「この金額で、
この品質を、
私は引き受ける」
その宣言です。
見積もりを出した瞬間、
逃げることはできません。
数字は、
あなたを追いかけます。
問いを持つということは、
頭の中だけで完結しません。
こうした小さな決断の中で、
「自分はどんな基準で立つのか」
それを、
繰り返し引き受けることです。
見積もりは、
あなたの基準が、
金額になったもの。
その数字に、
あなたは立ち続けられるでしょうか。
明日への問い
最後に見積もりを出したとき、
あなたは何を守ろうとしていましたか。
その金額は、
未来の自分に、
胸を張って渡せるものでしょうか。
