Day 10 / 問いの扉

問いを持つことが怖い理由

考えているつもりで、
まだ触れていないことがある。

忙しさは、
悪いものではありません。

情報を集めることも、
逃げとは限らない。

けれど——

静かになったとき、
ふと浮かんでくるものがあります。

「このままでいいのだろうか」

その問いは、
小さく、やわらかい。

でも、確かに胸の奥を揺らします。

問いを持つことが、
なぜ怖いのでしょう。

答えが出るからでしょうか。

もしかすると、

答えが出ないかもしれないから。
あるいは、
答えが出てしまうかもしれないから。

私は22年、金属加工の現場にいました。

加工の途中で、
「これで合っているのか」
という問いが浮かぶことがあります。

その瞬間、
手は止まります。

止まることは、
悪いことではありません。

むしろ、
大切な工程でした。

問いは、
前に進むためのものではなく、

いったん立ち止まるためのもの。

日常でも、同じかもしれません。

問いを持つと、
少しだけ歩みがゆるむ。

今まで通りではいられなくなる。

その変化の気配が、
怖さになる。

でも——

怖さは、
間違いの証ではありません。

大切な場所に
近づいている合図かもしれません。

問いを持った瞬間、
すぐに何かを変えなくていい。

答えを出さなくてもいい。

ただ、
消さずにそばに置いておく。

それだけで、
思考は静かに育っていきます。

問いは、
強い人のものではありません。

怖さを感じながら、
それでも目を逸らさずにいようとする人のものです。

そして——

怖さを抱えたままでも、
人は問いと共にいられる。

明日への問い

あなたの中に、
静かに浮かんでいる問いはありますか。

それを、
すぐに答えに変えようとしなくても、
ただ、そばに置いておけますか。

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