Day3 / 違和感の扉

AIが怖いと感じるのはなぜか

AIを使おうとして、手が止まる。

何かが、怖い。

うまく言葉にできないけれど、
確かにそこにある感覚。

「時代遅れだと思われるかもしれない」

「怖がるなんて、恥ずかしい」

そうやって、その感情を
静かに押し込めていませんか。

でも、少しだけ立ち止まってみてください。

AIが怖いという感覚は、
本当に克服すべき弱さでしょうか。

それとも、
何かを守ろうとしている反応でしょうか。

私は22年、金属加工の現場で働いてきました。

新しい機械が導入されるたびに、
違う種類の怖さを感じました。

刃物の回転速度。
削り出す音。
一瞬の判断ミスが、材料を台無しにする。

その「怖さ」は、
機械への敬意でした。

怖いから、慎重になる。
慎重になるから、深く理解しようとする。

恐れは、物事を軽んじない姿勢でもあります。

AIへの怖さも、きっと同じです。

あなたが怖いと感じているのは、
AIそのものではないのかもしれない。

自分の考えを、
簡単に預けてしまうこと。

流されること。

考えたつもりになってしまうこと。

そして、もう一つ。

もしかすると——

自分の思考が、
どこまで深いのか、
試されることへの怖さではないでしょうか。

AIは鏡です。

鏡に映るのは、
賢い自分だけではありません。

曖昧な問い。
借り物の言葉。
まだ整理されていない思考。

それが、そのまま返ってくる。

怖いのは、
奪われることではない。

露わになることです。

でも、その怖さがあるということは、
あなたはまだ、自分を大切にしているということ。

無関心なら、怖くもならない。

怖さは、
思考が生きている証です。

抱きしめる必要はありません。

消す必要もありません。

ただ、気づいていてください。

その怖さは、
あなたが何を守り、
何から逃げようとしているのかを、
静かに教えてくれています。

明日への問い

あなたがAIに感じている「怖さ」は、
何を失うことへの恐れでしょうか。
それとも、何が露わになることへの恐れでしょうか。

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